知価創造

  • Day:2008.01.04 14:26
  • Cat:日記
2008年1月4日日経新聞

堺屋太一氏の経済教室より

十九世紀以来、世界をおおってきた近代工業社会をリードしたのは、物財が豊富なことが幸せだという信念である。それ故、近代人は物財を豊かにする技術革新や資源開発を歓び、より多くの物財供給するやり方と合理性を讃えた。こうしたやり方の行き着く先は規格大量生産である。第二次大戦後の日本は、これを徹底した。・・・その甲斐あって日本は、自動車や電機などの大量生産は世界一上手になり、大いに成長することができた<。/p>



また、

ところが、八十年代から文明が変わり出した。物財の豊かさが幸せという近代思想が疑われだした。人間の本当の幸せは物財の豊かさではなく、満足の大きさではないか、というのである。・・・前者は客観的で科学的で普遍的だが、後者は主観的で社会的で可変的である。



そういえば、自らも規格大量生産の象徴の様な会社で働いてはいるが、一方で業界全体を通して、今後はサービスや環境、デザインといった使用者に提供する物質以外の価値・ステータスにやっとこさ目が向けられはじめているところだ。

90年代、主観的な宗教が力を持ったり、ブランド品が巷にあふれたのは、そうした価値観の変化だと堺屋氏は指摘していた。

たとえ製造業といえども、これからは製品にどんなストーリーを持たすことができるか、翻って、我々は顧客がどんなストーリーを想像出来るかを考えれなくてはいけないということかもしれない。






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