社長にとっての会社という存在。ベンチャーで働くスタッフにとっての会社という存在。「私、社長ではなくなりました。 ― ワイキューブとの7435日」を読んで

  • Day:2012.04.30 19:07
  • Cat:日記

私にとって、会社は単に仕事をするだけの場ではなかった。
人生を共有する場であり、生きていく場であるような気がしていた。
そして何より、自分はこう考えている、こう生きている、という思いを表現する場だった。

会社を通じて社会に発信することが何よりも大事だったのだ。
それは社会の常識に対する、福利厚生が充実した理想の会社という
メッセージだったりした。

ひと言で言えば、安田佳生という生き方そのものを表現する場だったのだ。

しかし、それだけでは会社は成り立たない。


【出典:私、社長ではなくなりました。 ― ワイキューブとの7435日 P196~197】

ともすれば、ベンチャーで働く社員は、
それまでいた給料もいい、知名度も高い、そして合コンでもモテる会社を
辞めて飛び込んできている。

「なぜ不安定なベンチャーに行くのか」と賢い大人達から問われる。

ぼくも言われた。どうして今の会社を辞めるのか。
散々、多くの人に言われたし、今でも学生から同年代から同じことを聞かれる。

正直なところ何も考えていなかった。
あほっぽいがあの神田にある窓のないオフィスが理想郷に見えた。それだけだ。

だから、会社や経営者への期待も大きかったし、今も大きい。
当然、会社が世間の常識を覆すことを望む。


初期なんてのは週3日は朝5時まで働き、飲みに行っては新しい施策を議論し合った。
まさに人生を共有する場であった。そうした仲間もいた。

経営者もそれに必死に応えようと全力疾走していた。

しかし、それだけでは会社は成り立たない。

会社というのは仕事をする場である。利益を上げていくことが、
会社が存続していくための前提条件なのだ。


その優先順位を見誤っていた。

会社を経営していくには技術がいる。
その技術が私には足りなかった。伝えたい想いだけが先行していた。


それでも40億円を超える売り上げを計上し、その一世を風靡した会社「ワイキューブ」。
それだけで十分すごいことである。

翻って、我々は今どこの地点にいるのだろうか。
経営に関する技術は会社として足りているのだろうか。

入社したときは日本では9~10人目の社員だった。(同期が1人)
オフィスも警察署の余ったスペースを借りた小さな窓なしの部屋だった。

わずか2年でフルタイムスタッフだけでも3倍になった。
オフィスも見違えるくらいキレイになった。部下も増えた。

今、ぼくらの会社は、伝えたい想いだけが先行していないだろうか。
仕組みをつくる技術は足りているだろうか。

昨今、事業のライフサイクルは加速度的に短くなり、6年から10年と言われる。
ぼくらには有り余る時間があるわけではない。

ただ、成長期にいる今、まだチャンスはある。先週はかすかな光が見えてきた。

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