日本のコンテンツを海外に! (@kimura さん 和僑インタビュー)

  • Day:2012.03.12 19:19
  • Cat:日記
「レアジョブ和僑」プロジェクト参加者へのインタビュー第4段。

今回はネット系のビジネスをされている木村(@kimura)さんにお話を伺いしました。
現在、本業ではコンテンツビジネスに従事しており、なんとなんと"アルバニア"マニア
ということで旅談義で盛り上がりました。

ぼくも旅行好きでほとんどの国に行っている人には会ったことがあるのですが、
アルバニアに行ったことのある方は始めてで、かつ2007年頃から毎年というのに
同じ旅人として感銘を受けました。


まずは和僑プロジェクトに応募いただいた経緯から。
【日本のコンテンツを海外に!!】

小さい頃からゲームに興味があり、ゲームをコンテンツと捉え始めるように
なってから、コンテンツを海外へという視点を持つようになったとのことです。

同年代の方々には分って頂けると思いますが、
子供の頃のテレビというのは、一方的に情報を流してくる絶対的な存在でした。

ファミコンができて、子供心ながらに「テレビの中を自分でコントロールできる!」
ということから受けた衝撃は今でもはっきり覚えています。

その原体験が、ゲーム・アプリ開発をしたいと思うようになったきっかけですね。

現在の仕事の前に、アマチュアでアプリを開発していたんですが、
国内向けに作ったアプリなのに、海外から英語で問い合わせが普通に来ることに驚きました。

今や何をやっても海外につながる、市場は海外にあるんだということを実感しました。
(スクエア・エニックスなど)海外に進出している大手ゲームメーカーの方々は当然のように
英語が話せて、海外で活躍されていますから、自分も英語力をつける必要性を感じ、
レアジョブ和僑に応募しました。



また、日本語ではしっかりゲームを作り込んでいても英語ができないがために
海外からの進出要請に応えられない、非常にもったいないと思ったそうです。

ぼく自身はただファミコンをやって楽しんでいただけですので、、、
そんな捉え方ができていれば今頃人生が変わっていたのかななんて思いました。
羨ましい限りです。


【なぜかアルバニアに興味を持って毎年旅行】
また、海外に興味をもったきっかけの国がアルバニアだそうです。
もともと学生時代の友人にアルバニア人がいた、とのことですが、
2000年代前半まで鎖国していたという未開の国、アルバニアが
最初に目指した国というのがインパクトがあります。

アルバニアの歴史を簡単に書くと、
第二次大戦後からほぼ鎖国状態となり、ユーゴスラビア→ソ連→中国と
国交を結ぶ相手を変えながらも、1978年以降は完全な鎖国状態になった国です。
詳細はWikiで

近年では、緩やかに市場経済や民主主義も導入され、旅行もできるようになったそうです。
ただ、2007年に始めて訪れた際は日本人が観光に来るはずなんてない、ということで
別室チェックだったそうですが…。

実際に行ってみると、つい最近まで鎖国だったこともあって、
地図を見ると、まるで大航海時代のように地図の中心に大きくアルバニアが描かれている
ものがあったり、各家庭に法律で大砲をつくることを義務付けられていたり(*)と驚きで
一杯でした。


*周辺国(旧ユーゴスラビア)を敵国と認識していたため。

また、ヨーロッパの火薬庫と言われるバルカン半島にあり、
東にコソボとマケドニア、北にはセルビアとモンテネグロ、南にギリシャに
囲まれています。戦後は社会主義国になったものの、ソ連についたり、
中国についたりしながら鎖国していった。

ソ連崩壊と同時に市場経済を導入したものの、国民の半分が投資に対する教育等を
しっかり受けていなかったせいか、ネズミ講が広まってしまう等、ある意味で
20世紀の負の遺産を内在した国です。そういうところが非常に面白く魅力的でも
あります。




ぼくも秘境好みでボリビアや、マイナーどころで言えばウルグアイやパラグアイにも
行きましたが、さすがにアルバニアはないです。うーん、羨ましい。

インタビューありがとうございました。
最後にアルバニアの写真を少し。

アルバニア首都ティラナの中心地
ティラナ

アルバニアらしいオート三輪!
DSC_0489.jpg

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