おもしろおかしく

  • Day:2008.01.31 23:47
  • Cat:日記
「おもしろおかしく」というのは京都発の元祖学生ベンチャー堀場製作所の創業者堀場雅夫定めた、堀場の”経営理念”。

共感度数抜群じゃんと思って、早速買ってしまったのが「イヤならやめろ!」という堀場氏自身の著書。その中で「おもしろおかしく」について

企業が人がおもしろおかしく生きていける場を提供することが大切であると同時に、企業そのものもおもしろおかしい体質を持っていなければいけないのです。個人の側から見れば、会社がおもしろくなかったら、そんなところにいる意味はないといえます。


その通りだ!!

そうかといって、初めからそこかしこにおもしろおかしいところがあるかというと、そうはいきません。だからみんな寄ってたかっておもしろおかしい職場にしていこうではないか、と考えなければならないのです。それはもちろん上司の義務ですし、自分自身もそうでないといけません。それが、私の人生哲学であり、同様に経営の哲学です。


なんかじわーっとやる気が出てくるいい経営哲学でした。

おもしろき こともなき世を おもしろく


って吉田松陰も言ってるけど、自分が自分の人生を面白くするかどうか。
なんかいいねー。
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ギャップイヤー

  • Day:2008.01.30 22:36
  • Cat:日記
同じく「フューチャリスト宣言」より
茂木さんの話の中で、

ギャップイヤーの話。

ギャップイヤーという言葉がイギリスにはある。
それは、一年以上どこの組織にも所属しないという意味。

たとえば、イギリスでは、

高校卒業から大学入学の間、
大学卒業と就職の間、
人生の節目節目に、

そんな期間を設けるらしい。そしてボランティアしたり、働いたり、旅に出たりする。

ちなみに、ダイアナ日のウィリアム王子はギャップイヤーで中南米のベリーズやチリに行ってボランティアをしていたし、

進化論のダーウィンは、大学卒業後5年間”ビーグル号”で航海に、
ヘミングウェイは10年間もヨーロッパ放浪をしていた。

そして、その話をした後で、

この「空白」とか「ギャップイヤー」ということは創造性とすごく結びついています。


と付け加えている。

つまりは、組織の永続性が担保されなくなってしまった現在では、やはりこうした「空白」を大事にして、コミュニケーションと創造性を磨いていかなければならない、とのこと。

少なくとも空白って、毎日でも週に一回でもつくろうと思えば可能だと思う。
とりあえず、意識してギャップタイムを空白タイムをつくりたいと思った。

リンゴ

  • Day:2008.01.30 00:14
  • Cat:日記
「フューチャリスト宣言」(梅田望夫と茂木健一郎の対談集)より

ipodで有名なアップル。そのアップルの名前の由来について、梅田氏が

アップルのリンゴは世界史の中で三つ目のリンゴだ。


ちなみに一つ目がアダムとイブのリンゴで、次がニュートンのリンゴ、三つ目がアップルのリンゴという意味らしい。

言葉に出してしまえば、しかもそれが本気なら実現できるのかもしれないと思えてしまう、この意気込みがすごくいい。言ってしまえば、やらなきゃちょっとかっこわるいので頑張ってしまう、ということなのかも。

やっぱりどうせ掲げるならちょっとストレッチしたくらいのビジョンのほうが、最終的に面白くなるのかな??

それに対しての茂木さんのコメントがまたいい感じ

個々に4つ目のリンゴが・・・・。(ジャケットを脱ぐと、下からリンゴ柄のTシャツ。)四つ目のリンゴがここに、ジョークを言いたいがために今日は仕込んできたんです。(笑)


オプティミズム

  • Day:2008.01.20 23:44
  • Cat:日記
「ウェブ進化論」 梅田望夫著 より

あとがきにすごくいいなと思うことが書いてあった。
楽観的な性格も手伝ってか妙に共感できた気がする。

マイクロソフト、グーグル、アマゾンといった革新的な企業がうまれるシリコンバレーにあって日本にないものとはこんなふうに表現している。

若い世代の創造性や果敢な行動を刺激する「オプティミズムに支えられたビジョン」


また、シリコンバレーの「大人の流儀」たるオプティミズムとして、

全く新しいビジョンを前にして、いくつになっても前向きでそれを面白がり、積極的に未来志向で考え、何かに挑戦したいと思う若い世代を明るく励ます。


3つくらい挑戦して、1つ成功すればいい。
失敗すれば、もう一回考えてやればいい。
何もやらないのが一番、楽しくない。

ということなのかもしれない。

「社会を変える」を仕事にする

  • Day:2008.01.06 01:37
  • Cat:日記
フローレンス代表駒崎弘樹氏の著書『「社会を変える」を仕事にする』(英知出版)から

社会企業家について、

社会起業家が行うソーシャルビジネスは、たとえて言うと、氷砕船のようになるべきだろう。南極の氷を砕く機会を搭載した、小さな、しかし力強い、機動力のある船。その船がこれまで通れなかったところに航路をつくる。タンカーや豪華客船である国や自治体や参入企業は、そのうしろを通っていって、規模の大きな仕事をすればいい。


それから社会を変える仕事について

政治家や官僚だけが世の中を変えるのではないのだ。「気付いた個人」が事業を立ち上げ、社会問題を解決できる時代になっているのだ。


僕は確信している。なぜなら僕のような門外漢なド素人によって東京の下町で始まったモデルが、政策化され、似たような事業が全国に広がっていったのだ。自らの街を変える、それが世の中を変えることにつながっていったのだ。だとしたら「社会を変える」ことは絵空事ではないはずだ。一人ひとりが、自らの街を変えるために、アクションを起こせばいいだけなのだ。

⇒”確信している”というのがいい。


そして最後に、こんなことばが!

「社会を変える」を仕事にできる時代を、僕たちは迎えている。

知価創造

  • Day:2008.01.04 14:26
  • Cat:日記
2008年1月4日日経新聞

堺屋太一氏の経済教室より

十九世紀以来、世界をおおってきた近代工業社会をリードしたのは、物財が豊富なことが幸せだという信念である。それ故、近代人は物財を豊かにする技術革新や資源開発を歓び、より多くの物財供給するやり方と合理性を讃えた。こうしたやり方の行き着く先は規格大量生産である。第二次大戦後の日本は、これを徹底した。・・・その甲斐あって日本は、自動車や電機などの大量生産は世界一上手になり、大いに成長することができた<。/p>



また、

ところが、八十年代から文明が変わり出した。物財の豊かさが幸せという近代思想が疑われだした。人間の本当の幸せは物財の豊かさではなく、満足の大きさではないか、というのである。・・・前者は客観的で科学的で普遍的だが、後者は主観的で社会的で可変的である。



そういえば、自らも規格大量生産の象徴の様な会社で働いてはいるが、一方で業界全体を通して、今後はサービスや環境、デザインといった使用者に提供する物質以外の価値・ステータスにやっとこさ目が向けられはじめているところだ。

90年代、主観的な宗教が力を持ったり、ブランド品が巷にあふれたのは、そうした価値観の変化だと堺屋氏は指摘していた。

たとえ製造業といえども、これからは製品にどんなストーリーを持たすことができるか、翻って、我々は顧客がどんなストーリーを想像出来るかを考えれなくてはいけないということかもしれない。






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